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人生を飛躍的に充実させる最強の読書テクニック

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読書とは、文字を目で追うことを言うのではない。

表面的に書いてあることを理解したところで、自分の血肉にならないようでは、すぐに忘れてしまう。本の書かれたことを本当に意味で理解し、自分の血肉として蓄えることで、ようやく思考や洞察が深まっていく。

本を人の何倍も読んでいるにも関わらず、知識や発言が薄っぺらな人はよく見かける。本の受け売りでは、読書をしたと言えない。

基本的な読書の方法については、過去に記事にしたので参照頂きたいが、今日は、自分の血肉とすることを目的とした「人生を飛躍的に充実させる読書テクニック」について紹介していきたい。
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限界まで想像すること

想像力は、世界を変える。
想像力は、人を救う。
今の世界が存在するのは僕たち人間の想像力の成果である。
ジョン・レノンのイマジンでも「想像する」ことを強烈に主張しているが、想像するとは単に情景を思い浮かべることだけではない。

その本に登場する人物、舞台とった社会や環境、そこで生活する人々や歴史、その本を書いた著者の生活等、その本に関連するありとあらゆる事柄を想像しながら読むのだ。
「自分の事として」と言葉で表すととても簡単なのだが、「自分の事として」想像して欲しい。本の中で取り扱われる問題にも、主体的に取り組む姿勢で読んで欲しい。
悔しさで悶え、緊張で汗をかき、喜びで全身が震える。このような本の中の「体験」を実際に感じるレベルで、細部まで想像を張り巡らせるのだ。

この想像は、何も小説に限った話ではない。
例えば、小難しい法律の条文を読む時でさえ、想像することは重要なのである。

何かの法律が制定される時には、どのようなことが社会問題になったのか、その社会問題の当事者として生きていた人々はどのように悶絶して暮らしていたのか。
この法律で得をしたのは誰か。得をする人がけしかけた議員や地方の有力者の気持ち。立法の時に、夜遅くまで残業をしていた官僚、議論の情景、決議した時の国会に至るまでの政治的やりとり。立法によりビジネスが潰れた人、成長した人。それぞれの背景に存在する家族模様。

世の中に存在する全てのアウトプットには、それを取り巻く人々の感情や、周囲の情景がある。
これらをいかに想像してその本を読むことができるかが、本当の意味での理解の促進に繋がっていく。

感情レベルで想像することの意味

上述ように、関わる人々の感情レベルで想像する意味はどこにあるか。
それは、「世の中の全ては理屈でなく、感情で動くから」である。

論理的に物事を理解しようとするだけでは、理解の限界がある。理屈通りに物事が進むことなんて一つ存在しない。
理屈通りに事が進まないからこそ、株式も上下に揺れながら進んでいくし、法律も緩和と規制を繰り返していく。
社会や経済は、理屈ではなく感情で動いているのだ。

物事の本質を突き詰めていこうとすると、感情論を抜きにして単純構造化したがる人がいるが、そんなもの本質でも何でもない。基礎的な情報を理解するのに役立つ程度である。
人間のあらゆる感情こそが、物事の全ての始まりであり終着点であり「本質」なのだ。

もし、感情を抜いた状態が一番の本質だとしたなら、全ての理屈が破綻する。
なぜなら、感情がなくなると人が行動するための動機が何も無くなるので、世界からあらゆる行動が消えてしまうからだ。
儲けたい、好かれたい、嫌い、食べたい、愛されたい。こうったあらゆる感情(欲求)が複雑に絡み合った結果、今の世界が成り立っている。

毎日使うスマホがその機能や形になったのも、住宅や家具が今の形になっているのも、食べるものの種類も、街づくりも、法律も、目に見える全ての事柄が「そうなって欲しい感情」と「そうなって欲しくない感情」がぶつかり合った結果なのである。

自分なりに思考しながら本を読むということは、こういった本当の本質、つまりあらゆる感情を想像しながら読書をすることで初めて成立する。そうしてようやく、その本が表面的な知識の増加ではなく自分の血肉となっていくのだ。

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感情レベルで想像して読み、その中で「思考」する

感情レベルで想像するだけではいけない。それでは、作者や作品の考えに流されるだけだ。想像をして、「自分の頭で思考」しなければならない。
仮に、結果として作者の考えに同意するとしても、あくまでも「結果として」でなければならない。異なる思考を幾重にも巡らせて、考えうるあらゆる結論をシミュレートし、その結果として作者の思考に同意するのなら問題ない。
最初から何も考えずに流されるな、ということだ。

自分の頭でしっかり「思考」するためには、繰り返しになるが感情レベルで想像しなければいけない。感情レベルで想像していなければ、それは極めて表面的な思考であり、その思考はクリエイティブなものとはならない。
思考していない人は、本に書いてあることを受け売りするだけだ。ただ「本に書いてあったこと」を引用し、コピーして他人へ伝える。本をたくさん読んだということをアピールしているのかもしれないが、しっかり思考した人から見ると、あっという間にバレる。そこに自分の考えがないのだ。本の受け売りをしても「偉そうに何言ってんだ」と評価されておわる。
感情レベルで想像し、しっかりと自分の頭で思考しながら読書をした人は、血肉となった本から得たことを、自分の考え、自分の言葉として伝えることができる。だからこそ、その言葉には説得力があり、納得感がある。

こういった「感情レベルで想像し、自分の頭で思考すること」は、最初こそ苦しいかもしれないが、継続していれば自然と身に付くようになる。むしろ、このように「想像と思考」をせずに読書をすることが気持ち悪くてできない状態になる。

「想像と思考」は読書に限った話ではない

この「感情レベルで想像して自分の頭で思考する」というプロセスは、読書に限ったことではない。
仕事やプライベート等、自分の関わる全ての局面で意識するべき重要なテクニックなのだ。
より深い想像と思考によって企画されたアイデアは生き生きとしている。それは、ビジネスのプレゼンでもプライベートの旅行プランでも同じことが言える。想像も思考もないものは、それが何であれあっという間に骨組みが破綻する。

いずれにしても、「想像と思考」を深く丁寧に続けていくことによって、本人にもたらされる恩恵は計り知れない。
仕事では圧倒的に差がつくし、プライベートも圧倒的に楽しく充実する。
人生の質が丸きり変わってくるはずだ。